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  • 執筆者の写真星 和真

【冬の朝 聴こえないショパン】



2023年1月22日。日曜日。


冬のとても寒い朝だった。




時計が7時半を回った頃、ある場所に来ていた。


それは珈琲専門店アルマンド。


何度も足を運んだ喫茶店である。


いつもならマスターがクラシックを聴きながら、ゆっくり1人の時間を過ごしている頃だ。


そして「星くんいらっしゃい!待ってたよ!」と嬉しそうに挨拶をしてくれる。




だが今日は違った。


店先の分厚いシャッターは降ろされたままだった。


いつも外に置いてある植物たちがどこか淋しそうに見えた。



そして僕はただ1人


店の前に立ち尽くすことしか出来なかった。






マスターが亡くなった。



それは突然の知らせだった。


頭が真っ白になった。


何を言っているのかがわからなかった。



「まさかマスターが…」



僕は信じることができなかった。





知人に再度確認をした。



それは1週間と少し前のこと。


朝、マスターはいつものようにお店に向かっていた。


そしてその途中で突然倒れ、通りかかりの人により救急搬送された。が、そのまま帰らぬ人になってしまったという。


その日は偶然にもマスターの誕生日前日だった。




亡くなる前までいつものようにコーヒーを淹れ、来客と談笑し、そして仕事後の外食では喜んでたくさん食べていたらしい。


聞いているだけでいつもの姿が目に浮かんだ。



あまりにも突然の出来事だった。






アルマンドは自分にとって大切な場所だった。




ここでたくさんの方と出会い、楽しい時間を過ごした。


それもこれもお店があって、マスターがいたからだ。





ここ最近は2月の個展の準備もあり、お店に行くことができなかった。


銀座での展示ということもあってか無意識的にもプレッシャーがかかり些細なことでも気にするようになっていた。



描くのも正直辛くなっていた。


心に余裕がなくなっていくのを感じていた。



その矢先の知らせだった。









〝アルマンドにはいつでも行ける〟



〝マスターがいつでも待っていてくれる〟



心のどこかでそう思ってしまっていた。






朝、お店の前に立った時に



店の奥から「星君おはよう!待ってたよ!」とマスターが出てくるのではないかと思った。



いつものように熱いコーヒーをコップに溢れんばかり淹れて


いつものように最近起きた出来事を何度も何度も聞かせてくれるのではないかと思った。



薄暗い店内、窓から差し込む朝の光、スピーカーから流れるショパン、コーヒーの香り、トーストが焼ける音、マスターの声…



これが朝のアルマンドの時間だった。




その一つ一つがとても愛おしいものであったのだと


そしてその時間はもう二度とやってこないということを僕は悟った。




何度も足を運んだお店の中からは


マスターが好きだったショパンの音楽が聴こえてくることはなかった。








あまりに突然のことでまだ半分信じ切れていない自分がいる。


だが、こうしてアルマンドに久しぶりに顔を出すことができた。


もしかしたら行き詰まっている僕を見て、マスターがお店に呼び出してくれたのかもしれない。そうも思えた。


かつて過ごした時間が戻って来ることはないが、一度立ち止まる時間を与えてくれた気がした。









マスター。


まだお店に行けばあなたに会えるような気がしてしまいます。


アルマンドに行くことは僕の中で一つの楽しみでした。



“ 偶然は、必然になる ”



よく口にされていましたね。


その言葉は僕の中で強く生き続けています。


西川口に来た頃、お店の雰囲気に惹かれて偶然にも足を踏み入れたのが始まりでした。


それは必然であったのだと今強く思います。



アルマンドを知れたことも

マスターと出会えたことも


全てが必然でした。



もし落選した絵を見てもらえなかったら、僕は絵を描くことを辞めてしまっていたでしょう。


個展という形で絵を展示させてもらえたことは、自分から行動を起こすきっかけを作ってくれました。


個展や絵の成果を報告すると、嬉しそうに耳を傾けてくれるマスターの姿が今でも目に焼き付いています。



本当に嬉しかった。


そしてこれから描いていく絵も見てもらいたかった。



このような形でお別れになるのはとても悲しいです。


しかし、アルマンドでマスターと過ごした時間は一生忘れません。




素敵な時間をありがとうございました。


そして長い間、お疲れ様でした。


心よりご冥福をお祈り申し上げます。





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